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「どこへいっても『掴み所のない奴』なんて言われた僕だけど、ここにきてやっと居場所を見つけたって感じ」
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カテゴリ:ギュンター・ラル氏講演( 27 )

Q & A その10  おまけ編

(講演の前後に行われたFinnish aviation magazine誌記者とのインタビュー)

-ノルウェー、デンマークとは違い、フィンランドはこれが初めてだそうですね。
-ええ、初めてですね。楽しんでいますよ。こちらの評判は良いものでしたから。
 マンネルヘイム元帥のことは、私たちも敬愛しています。

-なにか趣味はお持ちですか?操縦することも含めて。
-操縦することですね。アメリカにいるときだけですがね。あそこでなら、飛行することは簡単ですから。向こうの友人の多くが自家用機を持っていて、ちょっとだけ私にも操縦させてくれるんですよ。もちろん資格者が隣に座って監視しながらですが。これはドイツではできっこないことですね。

-まだ操縦技術は衰えてないわけですね。
-ええ、まだね。でも危険な操縦はしませんよ。操縦席では友人と一緒にですからね。
 それでも、いまだに操縦は楽しい。しょっちゅう出来ることではありませんがね。

-若者達に何かメッセージを。
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by me109fun | 2005-01-09 23:48 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その9 ハルトマン、バルクホルン、仲間たち

Q. あなたはブビ[エーリヒ・ハルトマン]と、戦中も戦後も同じ隊にいらっしゃったそうですね。彼について教えていただけませんか?

A. ブビ・ハルトマンですね。コーカサスに来たとき、彼は単なる新米少尉でした。若かったですよ。一人前になるまでにえらく時間がかかったものです。私が飛行隊司令になったとき、彼は第9中隊長でした。

彼に、クルピンスキに、オブレサー。すてきな若者達でしたよ。オブレサーは後に西ドイツ空軍幕僚長になりました。

ブビ・ハルトマンのことはよく知っています。
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by me109fun | 2005-01-09 18:16 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その8 109について、よりエンスージァスティックに

Q. あなたは以前、主翼に付いているスラットが左右不均等に飛び出すことがあるとおっしゃいましたが。

A.  主翼前部の2メートルのスラットのことですね。あれは離着陸の低速時に揚力を増すためのものです。それによって滑走路の長さが短く済ませられます。

空中では、乱暴な旋回を行うと、重力のせいで外側のスラットが飛び出します。それは操縦桿をほんの少しだけ、すーっ緩めればに修正できますよ。このコツを覚えてしまえば、以後はそれに対処できます。

Q.  そのスラットにより増加した揚力を空戦に利用することはあったのですか?

A. それはありませんでしたね。

つまり、それも体験の問題なんですよ。
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by me109fun | 2005-01-09 17:54 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その7 連合軍戦闘機

Q.私は特にP-51との対戦に興味があるのですが、そのお話をしてください。

A. そうですね、109にとってP-51は確かに良きライバルでしたよ。[両者とも]素晴らしい操縦性を持っていました。ただP-51のほうが長い時間それをやれたわけですが。(笑い)

でも7時間半も操縦席にいるなんてね。109では無理な話です。まずもっと快適な操縦席にしてもらわないと。それにしても彼らはイングランドから7時間半もかけて往復するんですからね。

このとおり、違った面もありましたが、いざ戦闘になると109はP-51にひけを取りませんでした。

スピットファイアでもそうですね。ただ急激な上昇旋回ではスピットファイアに追従できませんでしたね。ただし、その数は限られていました。また初期には急降下する際の、気化器の問題がありましてね。シュ・シュ・シュ(エンジンが停止しかける音)、なかなかスピードが乗らなかった。

要は、どの戦闘機にも、いずれかの状況においてなにがしかの問題を抱えていたわけです。相手のそういった特徴を押さえれば、打ち勝つことが可能になるわけです。

Q.  ラルさん、P-47の最高の攻略法はどんなものでしょう?
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by me109fun | 2005-01-09 16:57 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その6 そして、古き良き109

Q. 109に関してですが、あなたは連合軍戦闘機を操縦する機会があり、それらの特性を体得されました。どのようにすれば109後期型はそれらに対抗できたのでしょう?それらの長所、弱点は?

A. 109の、ですか?

Q. はい。

A. よろしい、それでは教えます。 メッサーシュミットには見逃してもらうことにして。(笑い)
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by me109fun | 2005-01-07 22:55 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その5 Me262、FW190

Q. 閣下、あなたはじつに、波瀾万丈にして長い人生を過ごされたのですが・・・
A. もう少し長く生きるつもりですがね。(笑い)

Q.人生や仕事を振り返ったとき、最も大切な思い出は何でしょう?もちろん誕生日を除いて。
A. 結婚記念日です。(拍手)

Q. ドイツのジェット戦闘機を試す機会はありましたか?
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by me109fun | 2005-01-07 22:44 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その4 ロシア戦闘機

Q. ロシア軍の飛行機を高く評価してらっしゃいますね。中でもどの飛行機のどのタイプが最も優れているとお考えでしょうか。そしてそれと戦う際に、どのように心がけていましたか?

A.ロシアの飛行機について語ることは、ロシアの航空機設計局について語ることになります。ミグですとかヤク、それにラグ。

La-7が最も優れているでしょうね。
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by me109fun | 2005-01-05 00:05 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その3 東部戦線について

Q. 東部戦線での空中戦は本質的に異質なものだったのでしょう?

A.そうですね。特に空中では。開戦時のロシア軍はそれこそ異質なものでした。飛行機は西側のものより質的に劣っていました。

 当時最高の存在はイギリス空軍のスピットファイアでした。が、ロシア軍はそれを持っていませんでした。時代遅れの装備ばかり。戦術と呼べるものも、当時彼らは持っていませんでした。

 しかし彼らは私たちから学んだのです。
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by me109fun | 2005-01-05 00:00 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その2 戦果報告について

Q. 戦果のことについてお伺いします。どの国のパイロットでも戦果を過大ぎみに申告しがちです。

A. 戦果報告がどの程度真実か、ということですね。

Q. これは戦闘の混乱状況のなせる業でしょうか?

A. もう少しポイントを絞ってくださいませんか。

Q. たとえば操縦士が6機撃墜を主張したのですが。

A.6機も撃墜するなんては滅多にないことですね。一度に6機とは。

Q. 6機だそうです。ところが、実際のところ
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by me109fun | 2005-01-04 23:51 | ギュンター・ラル氏講演

Q & A その1 ドイツの摩耗

Q. 1945年の終戦までに、他の戦闘機を操縦されたことはありますか?

A. いやいや、ずっと109です。私の所属部隊の装備機が109G型ばかりでした。
 飛行学校にいたときは190も、あの長い鼻も含め各型を操縦しましたがね。実戦は全て109でした。

 最後の年の4月にはもう警報などは発令されず、ちゃんとした空中戦など行われませんでした。もうレーダー基地も失われていました。西部戦線ではすでに戦争とすらいえない状態だったのです。まったくの混沌でした。

Q. 1944年頃にはおそらくもう、
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by me109fun | 2005-01-04 21:18 | ギュンター・ラル氏講演